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クロスボーダー m&a

クロスボーダーM&Aにおけるスケジューリングの課題(前編)

近年、成熟した国内市場と激化するグローバル競争を背景に、日本企業はクロスボーダーM&Aに関心を寄せ、その数も増加しています。
そういった日本企業は、事業の多角化、新たな成長市場への進出、高度な技術や専門知識を持つ人材の獲得などを目的として、積極的に海外企業の買収を進めています。
特に近年では、これまで国内事業に注力してきた企業も、グローバル規模での成長戦略の一環として、クロスボーダーM&Aに積極的に取り組むようになっています。
この動向は、日本企業がグローバル市場での競争力を高め、持続的な成長を目指す上で、クロスボーダーM&Aが重要な戦略的選択肢となっていることを示唆しています。

しかし、実際にクロスボーダーM&Aに乗り出すと、国内M&Aと異なり、想定以上に時間がかかってしまい、たとえば、予定していた機関決議の日までに間に合わない、またはクロージングに辿り着けない、といったご相談を、これまたよく受けることになります。

なぜこのようなことが生じるのでしょうか。

スケジューリングの遅延要因

M&Aプロセスは、初期の戦略策定から交渉、デューデリジェンス、契約締結、そして買収後の統合作業(PMI)に至るまで、多岐にわたるステップを含むため、プロジェクト全体の成功には、綿密かつ適切なスケジューリングが不可欠です。
それは、国内M&Aにおいても同様です。

しかし、クロスボーダーM&Aにおいては、これに加え、以下のような問題が加わります。

海外法規制への対応時間

クロスボーダーM&Aにおいては、各国の法規制やM&Aに関する手続きの違いが、企業にとっては予期せぬ遅延を生じさせる大きな要因となります。
海外企業を買収する際には、対象国の海外投資規制、独占禁止法、環境法など、多岐にわたる法規制を遵守する必要があり、それぞれの規制内容の確認や関連する手続きの完了には相当な時間を要します。
たとえば、米国への投資においては対米外国投資委員会(CFIUS)による国家安全保障上の審査・許可、中国や東南アジア諸国では外資規制に基づく当局の審査・許可、その他どの国・地域においても合併審査など、特有のプロセスが必須となる場合が少なくなく、これらの審査には通常、数週間から数ヶ月の期間を要することがあります。

さらに、M&Aの最終段階である決済においても、国によってはマネーロンダリング対策のための厳格なチェックや、通貨の取り扱いの違いなどから、国内M&Aと比較して時間を要する場合があります。
たとえば、実際にあった、あるベトナムM&A案件においては、DPI承認や、決済手段としての中央銀行の承認などについてスケジュールを短く見積もりすぎており、それらについて再三ご忠告申し上げたのですが、会社様の経営判断でしょう、見切り発車をなされました。
結果的に、予定の計画よりも大幅に遅延し、相手方会社と延長合意を繰り返したために追加コストもかかることとなりました。
なお、当局対応に精通していることを売りにしている現地のコンサル会社なども、スケジュールについて慎重な姿勢を見せないところは注意が必要です。

言語・文化・ビジネス慣習の違い

これは、M&Aに入る前の段階でも見られることですが、言語やビジネス慣習の違いから、相互の理解に食い違いが生じていたり、又は交渉が非常に長期化し、結果的に決裂をむかえるリスクが高まる事例が見られます。
このような場合、M&A後の統合プロセスも簡単には進まないことが大いに予想されますので、心して臨む必要があるでしょう。

たとえば、実際にあったインドのM&Aでは、最初のMOUまでは速やかに締結できたのに、その後の準備段階で、お互いに認識が食い違い、なんと10年以上経過してもまた現場担当者による交渉が続いているケースがあります。
また、同じく別のインドのM&Aですが、非常にインド「らしい」と思った事例で、SPAの署名日を急に1日ずらすよう先方から依頼がありました。
理由を聞くと、「インドでは、その日、星のめぐりあわせが悪い」というのです。
この時は、当職の依頼主であった日本企業も、1日なら、ということで無事に締結を迎えられました。

その一方で、日本企業は、一般論ですが意思決定プロセスが慎重で時間をかける傾向にあるといわれ、実際に米国のM&Aにおいても、米国サイドの弁護士から「今回は、そちらの”kakunin”(確認)は何段階で必要なの?」と揶揄されたこともあります。

異なる言語を使用する企業間のコミュニケーションは、通訳や翻訳を利用するほかありませんが、今は、非常に優れたAIの活用も可能になっています。
また、認識しているビジネス慣習や意思決定プロセスのズレについては、予め先方に伝えておき、一定の理解を求めておくことが望ましいように思われます。   

予期せぬ外部環境の変化

自然災害などの天災地変、感染症の広がりによるパンデミック、戦争、クーデターなど、予期せぬ問題が発生するリスクやその問題から大きな影響を受けるリスクが相対的に高いのがクロスボーダーM&Aです。
これらの予期せぬ問題が発生した場合、スケジュールの見直しや、状況に対応するための追加の検討や手続きが必要となり、M&Aプロジェクト全体の遅延につながる可能性が高まります。

たとえば、2020年以降に世界的に流行したCOVID-19のパンデミックは、国際的な移動制限や経済活動の停滞を引き起こし、多くのクロスボーダーM&Aの交渉やデューデリジェンスプロセスが大幅に遅延しました。
また、為替レートの急激な変動も、取引価格や決済時期に影響を与え、当初の計画されたスケジュールに不確実性をもたらす要因となります。
直近のトランプ・ショックを引き起こした関税措置についても、輸出入が絡む事業を展開している企業ディールでは、制裁措置に刑罰も加わる以上、抜本的な見直しを迫られるかもしれません。

これらの発生を事前に予想しておくということは難しいですが、万が一発生した場合の対応については、当初の段階で相手方企業と合意しておくことが重要になってきます。

小括

以上、クロスボーダーM&Aにおけるスケジュールの遅延要因を見てきました。
後編では、対応策などについてさらに詳しく検討していくことにします。